慶応義塾大学三田メディアセンター

貴重書展示会

過去の展示会と図録の一覧は「慶應義塾図書館貴重書展示会図録」 をご覧ください。


第27回慶應義塾図書館貴重書展示会
「活字文化の真髄 -日本の古活字版と西洋初期印刷本-」


会期:2015年10月7日(水)~10月13日(火) (終了しました)
会場:丸善・丸の内本店4階ギャラリー 
9:00~21:00  最終日16:00閉場   入場無料
主催:慶應義塾図書館  協賛:丸善株式会社 協力:ミズノプリンティングミュージアム

かつて書物に印刷された文字は凸凹していました。活字印刷だったためです。活字は「活きて」いると言われます。植字によって文字を自由に組み替え新しい文章を生み出すからです。活字文化の真髄である東洋の古活字版、西洋の初期印刷本の競演をご堪能ください。




講演会・ギャラリートーク

<講演会> 4階ギャラリー内特設会場

(満席時にはお断りすることがございます。)

10月10日(土)
14:00 慶應義塾大学文学部准教授 安形 麻理
          「活版印刷術の黎明-グーテンベルクとその周辺」
15:00  法政大学文学部教授 小秋元 段
          「鎌倉幕府の歴史書『吾妻鑑』の刊行と徳川家康・秀忠」
10月11日(日)
14:00  早稲田大学教育・総合科学学術院教授 雪嶋 宏一
         「ヴェネツィアからパリへ—活字で見るルネサンス文化の広がり」
15:00  慶應義塾大学附属研究所斯道文庫教授 髙橋 智
         「活字印刷の重宝—古活字版漢籍について」

<ギャラリートーク>

10月12日(月・祝) 
14:00   慶應義塾大学附属研究所斯道文庫教授 髙橋 智(和漢書)
15:00   慶應義塾大学文学部准教授 徳永 聡子(洋書)

主な展示資料

和漢書

大学1巻 宋朱熹章句 慶長時代刊 1冊

江戸時代、『四書集注』として、朱子学(宋・朱熹の学問)による解釈の『論語』『孟子』『大学』『中庸』が漢学の必須科目として流行したが、江戸時代のテキストの先駆をなしたのが古活字版『四書』で、中世博士家が最も力を注いだ書物。その秘伝の博士家のテキストを公にしたのが古活字版で、内容的な価値はすこぶる高い。その刊行に関わった篤志家の主な人が今関正運と下村生蔵。本版は慶長14年(1609)頃刊行と思しき今関刊本。末尾の「正雲刊」は後人の偽造。竹中重門の所持本(竹裏館文庫)。訓点の書き入れが当時の真摯な読書を思わせる。後に小汀利得(1889–1972)の小汀文庫に入った。


群書治要50巻 唐魏徴等奉勅撰 原闕巻4・13・20 元和2年(1616)刊 銅活字 駿河版 47冊

本書は唐の太宗(626–649)に仕えた魏徴らが、治世に要する事例を諸書の中から選んで献納した書で、次の宋時代には亡んで伝わらなくなった。日本には古くから伝わり平安時代の写本も伝存している。こうした写本をもとに家康は初めての出版を企図、京都から職人を集め、駿府で成就した。しかし、生前には2ヶ月ほど間に合わなかった。家康の遺志は紀州徳川家に継がれ、後年、この銅活字で再び印刷、天明5年(1785)には尾張徳川家が木版(整版)で再版した。「島原秘蔵」「尚舎源忠房」「文庫」の印記は島原藩主松平忠房。



〔嵯峨本観世流謡本〕俊寛 慶長時代刊 綴葉装 1帖

嵯峨本は近世初頭の豪商、角倉素庵の嵯峨の印刷工房で制作されたと考えられる刊行物の総称である。『伊勢物語』をはじめ国書が多数を占め、雲母刷の美麗な装訂をもつ本が多い。嵯峨本観世流謡本には装訂を異にする多数の版種が存在する。それらはもとは100曲で1セットのものであった。最初の刊行は慶長10年頃と考えられている(江島伊兵衛・表章『図説光悦謡本解説』)。〈俊寛〉は「色替本」と称されるもので、料紙に紅・薄紅・青・黄の染紙を用い、緑の絹糸で綴じている。表紙は紫色地に雲母刷の乱れ藤と藤房文様である。嵯峨本の書体は本阿弥光悦の手によるとされ、「光悦本」とも総称されてきたが、近年の研究では素庵の書風に近いことが明らかにされつつある(林進「角倉素庵の書跡と嵯峨本」『日本文化の諸相』所収)。  


 

洋書


「42行聖書」([マインツ: ヨハン・グーテンベルク, 1455年頃])(零葉)

マインツの金細工師ヨハン・グーテンベルク(d. 1468)は可動活字を用いた印刷機の試行錯誤を繰り返し、1455年頃ついにかの有名な聖書を完成させた。「グーテンベルク聖書」、あるいは1ページ42 行で本文が組まれているため、「42行聖書」と称される。本文はウルガタ聖書に基づき、随所に写本の時代の伝統が見出される(ただし40行のページを持つ現存本もある)。特に、典礼書やミサ典書の写本を範とした大きなテクストゥラ体(ゴシック体系統)の活字は、当時のゴシック体を書くときの規則に準じ、文字の縦線をできるだけ等間隔にするための工夫がなされている。また写本にならった欄外標題や頭文字等は印刷後に手書きで施された。印刷の完成にはヨハンフストの経済的支援を受けたといわれる。




フランチェスコ・コロンナ(伝)『ヒュプネロトマキア・ポリフィリ(ポリーフィロの狂恋夢)』(ヴェネツィア:パオロ・マヌツィオ, 1545年)


「ポリーフィロの狂恋夢、あるいは夢のなかの愛の闘い
そこでは、人間の全てのことは夢以外の何ものでもないこと、そして思考に値する他の多くのことが語られます」という標題の本書は、アルドゥスが刊行した長い幻想的な夢物語である。プロットらしいプロットはないにもかかわらず本書は常に愛書家の垂涎の的であった。その理由は、フランチェスコ・グリッフォによるタイポグラフィと174点の繊細な木版画、斬新なページレイアウトが見事に調和した書物としての美しさにある。挿絵を提供した画家が誰かについても諸説あり、ジョヴァンニ・ベッリーニやサンドロ・ボッティチェリといったルネサンスを代表する画家の名前が挙がったとこともある。本書はアルド印刷所の出版物としては希な挿絵入りの書物で、初版は149911月にアルド・マヌーツィオによって刊行されたが、本書は、アルドゥスの末子、パオロ Paulus Manutius; 1533–57頃活躍)が1545年に刊行した第2版である。タイトルページ以外は、初版と同じ版木が使用されている。


エウセビオス『教会史』(パリ:ロベールエティエンヌ1, 1544年)

印刷者ロベール・エティエンヌ1世は1520年代からの聖書刊行で名声を高めると、国王フランソワ1世から1539年にラテン語・ヘブライ語印刷家に任命された。また1530年代には活字の改良を企画した。ここに16世紀で最も名だたる活字制作者、クロード・ギャラモン(Claude Garamont; 14801561)が登場する。現代にも伝わるギャラモンのローマン体はアルドのローマン体にとって代わり、やがてゴシック体の終焉へとつながった。1540年、フランソワ1世はフォンテンブローの王室図書室にあるギリシア語写本の印刷用に、新しい活字の制作を命じた。これをロベールを介して受けたギャラモンは、王に仕えるカリグラファー、アンジェロ・ヴェルゲキオ(Angelo Vergecio)の書体をもとに、きわめて壮麗なギリシア語草書体の活字と装飾頭文字を1541年に仕上げた。かの有名な「王のギリシア語活字(grec du roi)」の誕生である。この翌年、ロベールは王室印刷家となった。本書には、新たに生み出された「王のギリシア語活字」が用いられている。本文用の活字のみならず、古代ローマ風な人物や動植物があしらわれた装飾頭文字も美しく、印字面は見る者を魅了する。この装飾頭文字は16世紀最高峰であると評する声もある。


 



過去の貴重書展示会

第25回 『百科全書』 情報の玉手箱をひもとく~ドニ・ディドロ生誕300年記念~
第26回 慶應義塾の王朝物語:源氏物語を中心として


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