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マイクロ資料リスト Micro Materials List
詳細画面
タイトル
FBI file on Paul Robeson
請求記号
YB@363
資料形態
マイクロリール
巻数・枚数
2 reels
編集者・原本所蔵館
Federal Bureau of Investigation
出版社
Wilmington, Del.: Scholarly Resources, 1987
内容解説
Paul Robeson (ポール・ロブスン:1898-1976)は、主に1930年代から1950年代にかけて活躍したアフリカ系アメリカ人俳優・歌手で、公民権活動家としても知られています。
Robesonは1898年に厳格なプロテスタント牧師の父と学校教師の母のもとに生まれました。幼少時より優秀で、主席で高校を卒業し、奨学金を得てRutgers College(後のRutgers University)に入学しました。在学時唯一の黒人であった彼は、差別に遭いながらも優秀な成績を修め、運動選手としても能力を発揮し、All-America(カレッジフットボールの最優秀選手に対して与えられる称号)を二度受賞しました。卒業後はColumbia Law Schoolに進学し、法律事務所に勤務しますが、ここでも差別に遭い、妻Eslandaの勧めもあって俳優を目指しました。彼は多くの映画やミュージカル、コンサートに出演し、大きな成功を収めますが、芸能界でも依然として差別は存在し、彼は差別から逃れるため、1930年代は主にヨーロッパで過ごしました。ソビエト連邦での歓迎ぶりや差別意識のなさに感銘を受けた彼は、その後も頻繁にソ連を訪れ、社会主義的な発言を繰り返すようになります。彼は政府から共産主義者の疑いをかけられ、左翼的活動をしていた妻と共にFBIの監視対象者リストに加えられました。赤狩りが激しくなった1950年にはパスポートを取り上げられ、芸能活動や政治的活動を厳しく制限されました。1958年に海外渡航禁止令が解除され、再び海外公演に出ることができるようになりました。1965年の妻の死後は、フィラデルフィアで姉妹と余生を過ごしました。

本資料は、Robesonとその妻Eslandaに関するFBIの捜査資料で、収録範囲は1941年から1978年です。捜査官の報告書や、新聞・雑誌の切り抜き、電話盗聴記録などが含まれます。
当時の米国の思想政策や捜査方法、またロブソン自身を知るための貴重な一次資料と言えます。

収録された資料は、Freedom of Information Actに基づき、PDFファイルで公開されています。
http://foia.fbi.gov/foiaindex/robeson.htm
分野
政治・外交/米国/20世紀:社会思想・社会問題/米国/20世紀
検索ツール
(付録)FBI file on Paul Robeson(YB@363@Guide)(3階マイクロ索引)
関連文献
 
備考
 
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